がんばらなくていいよ 頼らない子

2011年3月28日

 先月、私は、家の近くの海岸を散歩していました。寒さの中、コートの襟を立て、遠くの大島や伊豆半島、海岸に打ち付ける波の白いしぶきに見入りながら、のんびりと波打ち際を歩いていました。そんな散歩の途中に、1組の親子と出会いました。3歳ぐらいのかわいい女の子、そして若いお母さんが、砂浜を散歩していました。

 かわいい親子だなと見ていると、子どもが波打ち際に走り始め、そして私のちょうど足元で、転びました。顔を波打ち際の硬い砂に打ち付けたようで、火のついたように泣きはじめました。私が、抱き起こそうとすると、お母さんが、「すみません。そのままに。この子は、自分で立てます」。そう一言、強い口調で叫びました。

 私は、手は出さずに、この子の横にしゃがんで、心配そうに見つめていました。何分たったのか、この子は、1人で立ち上がり、そしてお母さんのもとに走っていきました。お母さんは、この子を抱きしめ、「よくやったわね。えらいわよ」と、あたまをずっとなでていました。そこからは、3人での散歩になりました。

 私たちは、散歩しながら、ずっと話をしていました。「夜回り先生、水谷先生ですね。テレビで見ました。さっきはすみません。せっかくの先生の好意を無にして。許してください。私たち親子は、この世で2人きりなんです。この子に父親はいません。今、私たちは、この近くのアパートで2人で暮らしています。私が、先のない病気で働けないので、生活保護を受けてです。実は、私は、先生と同じ癌(がん)です。残念ですが、すでに骨にまで転移しています。この子と、こうやって過ごすことのできる時間も、あとわずかです。私が死んだら、この子は、1人で生きていかなくてはなりません。だから、この子を、強い子にしたいのです。どんなつらいことも、哀(かな)しいことも、自分の力で乗り越えることのできる子にしたいのです。ですから、さっき、先生がこの子を抱き起こそうとしたとき、止めたのです。この子は、これからの人生、たった1人で生きていかなくてはならないのですから」

 私は、彼女にいいました。「おかあさん。おかあさんはとてもえらい。でも、がんばりすぎです。あなたが、この子のもとを去っても、必ず、この子を守る人がでます。まずは、私が、命ある限り守りましょう。私が、この子のもとを去っても、次にまたこの子を守る人たちが、たくさん出ます。決して、この子が1人きりで生きることはありません。ただし、この子が、それを求めてくれれば。今のようにこの子を育てれば、この子は、だれにも頼らない子になってしまいます。それは間違いです。人は、1人では生きることはできません。がんばらなくて、いいんだよ」。彼女は、泣いていました。