J・G・バラード「殺す」

バラードの「殺す」が創元文庫から出ていたので、
久しぶりに読んだ。とはいえ、この本は1988年に
書かれたものだ。初訳のようだ。
バラードはニューウェーブのSFとして紹介された
頃よく読んだが、この本が書かれた頃には離れて
いた。
郊外都市の大量殺人を扱った小説だが、この本を
一読、はたしてこれは小説なのだろうか、と感じ
た。不思議な叙述の順番。親殺し、家族殺し、反
乱への暗合。戦艦ポチョムキンのビデオ、アルチ
ュセールの本が現場の書斎にはあると書かれてい
る。
どう見ても、少し読むと読者には犯人はこれだろ
うと思えてくるのに、それを言わないまだるこし
い前半の展開。中盤にそれはあっさり言明され、
語り手は、ついには、見もしない殺人場面を分き
ざみで描写する。そして、保守党の元首相サッチ
ャー女史を連想させる「元」首相へのテロ未遂事件で
終わる。実際には彼女は当時現役の首相だった。
ここには小説らしいドラマはない。むしろ、ドキ
ュメンタリーのような展開である。あるいは、研
究レポートのような感じがある。
だが、初期の「結晶世界」や「沈んだ世界」など
もまた、ほろびゆく未来世界を旅していくような
ストーリーで、テイストは同じ気がする。
静かな美学は退いているけれど。

こういった小説のさきがけになったものかもしれ
ない。菅井は、マンガであるが、「スパイラル」
を連想する。ブレードチルドレンである。

今、この時期にこの本が翻訳出版されたことには
巡りあわせがあると感じる。