田中県政の真骨頂

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今月26日に長野県の吉川さんという方の
 長野・知事選 「宴のあと」のあと
という、田中県政6年間の総括が載っている。これは、手法の独断的な点で、小泉前首相と同じように見られることも多かった田中県政が、小泉・安倍政権をも含む今までの全ての政治と、根本的に違うものであったことを述べていて興味深かった。

 それを吉川さんは「自律」「行動する民主主義」と呼ぶ。政治は政府や自治体、政治家のするもの、大衆はそれに同意したり、反発したりするが、お客さんであるというのが、今の政治である。それに対して、県民一人一人が動き考え、集約してつくり出す政治、そういう諸民の活動の別名にほかならない「政治」を田中知事はやったというのだ。車座集会というのは、その象徴的な手段だった。だが、長野の諸民はまだ、「おまかせ民主主義」になれていて、結局それをこえていくことができなかった。また、おまかせ民主主義の中にもどったということである。
 たとえば、天下りや、役人の特権をやめることは、小泉改革でも言われていたと記憶する。だが、実際には、ほとんど是正されていない。田中県政6年はそれにまっこうから取り組んだ。その特権を奪われた人々が不満に思ったことは今回の田中落選のもとにあることだ。田中県政で特権を享受した人がいれば、田中支持の選挙運動ももっともりあがったのだろうが、「公正」という公共利益はそもそも個人にはすぐ還元されないものなのだ、と吉川さんは言っている。

 誰かが田中県政のきちんとした総括を本格的にやってほしいと思う。田中知事が負けたのは、それが悪かったからではなく、早すぎたからだというのが本当のようだからだ。