天木直人「本使帰朝報告」2003年8月19日

 ここに掲載するものは、2003年、イラク戦争に反対の意見を提出、中東のレバノン大使解任、外務省勧奨退職(事実上の解雇)となった天木直人さんが、8月に外務省に送った「帰任」にあたっての報告です。著書「アメリカの不正義 レバノンから見たアラブの苦悩」(展望社、2004年)にのっているもの全文です。天木さんの大使、外務省職員としての最後の仕事になったものです。公文書でありますので、掲載に問題ないものと考えましたが、天木さんには掲載を快諾していただきました。



            本使帰朝報告            駐レバノン日本国特命全権大使  天木直人


 レバノン国を明8月20日離任するにあたり次のとおり報告する。
一、レバノンの現状
 本使がその勤務を通してみてきたレバノンの現状は一言で要約すれば「シリアのその桎梏に苦しむレバノン」であった。レバノン内戦を契機としてアラブ駐留軍の一部として七六年に進駐を始めたシリアは九〇年の国際合意を無視して居直り続け今日までレバノンを軍事占領してきた。強力な情報機関を使って目に見えない形で深く浸透している政治的支配、経済的搾取はレバノン国民を苦しめている。
 これに反発するレバノンの政治的、宗教的指導者はことごとくシリアの手で暗殺されてきた。とくにシリアはイスラム教スンニ派の抵抗をおそれ徹底して弾圧して来たため彼らは沈黙を守るようになり、西欧的に啓発されているマロン派キリスト教徒の反発のみが目立つこととなった。これが「モスレムとクリスチャンの対立」という安易な宗派主義の構図に誤って仕立て上げられるのである。
二、米国のレバノン政策
 なぜこのような異常な関係が二一世紀の今日においても公然と放置されているのかと言えば、それはひとえに米国がこのようなシリアの行動を容認しているからである。九〇年の湾岸戦争の際シリアはいち早く米国の多国籍軍に参加した。この恩義を米国は今でも感じているというのが表向きの説明である。しかし本音はパレスチナ抵抗組織(ジハード、ハマス)、ヒズボラ、イスラム原理主義といったイスラエルの安全保障を脅かす「テロ組織」を武力で押さえこむことのできるシリアの有用性を米国が評価しているからである。シリアはサダム・フセインなき後、中東で唯一といってよい中東和平強硬派である。しかもアサド体制は非民主的独裁体制である。にもかかわらず米国にとって利用価値があるということである。米国の偽善的中東外交の面目躍如である。
 懇意にしているジュマイエル元大統領はかつて本使にこう語ってくれた。「長年の付き合いがあるラムズフェルド国防長官を二月にワシントンに訪ねた際、いつレバノンをシリアから解放してくれるのかと単刀直入に質問してみた。するとサダム・フセインを倒してイラクを民主化してからだ。レバノンはまだ我々のアジェンダには上がっていない、という答えが返ってきた」。
三、レバノンの外交的重要性
 レバノン政府と中東問題を議論しても意味はない。なぜならばシリアの立場と同じであるからだ。ここに駐在している大使の中には「本国政府からは外交に関する訓令は一切こない」と答えるものもいるくらいである。他方レバノンは中東情勢に関する情報入手を行う上で最も重要な国である。言論統制が一般的な中東にあってレバノンは公開情報や情報通との接触を通じ貴重な情報が入手できるオープンな国である。レバノンの重要性はここにある。ほとんど情報が入手できない多くの中東にある日本大使館の人員を配置換えし、レバノン大使館の機能、中東情勢のオブザベーションポストとして、再認識すべきである。
 外務省の強みは世界各国に大使館を擁して、その国の情報を誰よりもはやく入手できる立場にあることである。しかるに最近のわが外交をみていると、外交政策の作成が、現地の意見や情報をほとんど考慮せずに、もっぱら内政上の都合により決定される傾向が強まる一方である気がしてならない。在外公館もかかる傾向に迎合するかのように本省を喜ばすような情報や意見しか発信しなくなってしまった。こんなことでは外務省はますますその役割を失い、劣化、空洞化していくであろう。外務省の将来は情報収集能力の強化と、その情報を政策に活かす本省の努力にかかっている。
 四、米国同時多発テロ事件とその後の中東情勢
 この問題に言及せずして帰朝報告を終えることはできない。本使の在勤中に米国同時多発テロが起こり、米国の対アフガン攻撃、対イラク攻撃が起こった。同時に、「テロとの戦い」という名目の下にイスラエルのパレスチナに対する強硬政策が放置され中東和平情勢は歴史上比類なきまでに悪化している。
 レバノンから見続けてきた米国の中東政策はその根本において間違っていると思われる。あまりにもイスラエル寄りに偏した米国の中東政策では決して永続的な中東の平和と安定は望めない。今回の米国の対イラク攻撃に至ってはあらゆる情報から見て「はじめに対イラク攻撃ありき」である。それが正しいというのは「力は正義なり」を認めることである。
 米国に政権の安泰を守られているアラブの専制国家の指導者にしてみれば米国政府におもねり反米感情の国民を抑え込むしかない。アラブの国民感情よりも、政治指導者のみを相手にする外交は真の外交ではない。米国が落とした原爆の唯一の被爆国である日本こそ世界に率先して平和の重要性を訴えてほしい。米国の横暴をいさめて欲しい、シオニズムの犠牲になっている術なきパレスチナ人の窮状を理解してほしいとするアラブの民の声に耳を傾けない外交は、長い目で見て尊敬を勝ち取る中東外交たりえないであろう。
五、外務省を去るにあたって
 本使は八月二九日付をもって勇退するよう通報された。自分と比して特段に優秀であるとも思えない同僚や年配者が更なる大使を重ね、先の外務省の醜聞で明らかに責任があったと思われる連中が知らぬ顔をして居座る中で、川口外相の進める若返りという外務省改革に強力してくれとの不透明な理由で退職を強いられたときは、心底怒りを覚えた。しかし今となってはむしろ外務省を去り外務省との関係を絶って自由な立場で第二の人生を送れることを嬉しく思う。
 レバノンの外務省に離任の挨拶に参上した時、イッサ外務次官以下主要な幹部が全員そろって出迎えてくれ「後にも先にも貴使のごときレバノンを愛した外交官は現れないであろう」と賛辞を送ってくれた。お世辞とはいえこのような形で、任国の同僚たちから送別の言葉をかけてもらえたことは外交官冥利につきる。わが外交官人生を終えるにふさわしい幕引きであったこと申し添える(了)