忘れてはいけないこと

酔流亭日乗さんが暮れに、朝日新聞に載った小林という人の記事を批判していた。

《「・・・しかし、格差問題の本質は、正社員と非正社員(派遣労働など)の待遇差があまりに不公平だ、という不満にある。これは、正社員が既得権化して、非正社員が搾取されるという労働者間不平等の問題だ」。

小林氏は主語を不明確にしているが、すっと読み流せば非正社員を搾取しているのは正社員であるようにすら受け取れる。これはおかしくはないだろうか。
なるほど正社員と非正社員の待遇格差はたしかに酷い。だが、何がそれを生み出したかといえば、それは企業による搾取である。非正社員を無権利状態に置くことによって、正社員よりきつい搾取を実現しえたということなのだ。それを黙認して自分の利益を守ることだけに汲々としてきた正社員もたしかに共犯ではあるが、主犯は企業だ。そして、搾取されているという点では、非正社員よりは緩やかであろうけれど、正社員だってやはり搾取されているのを忘れてはならない。

一月に100時間を超える残業をして急死したトヨタ社員を過労死だと認定する判決が先日、名古屋地裁で出された。トヨタの社員といえば、小林氏が言うところの「既得権化した正社員」の典型であろうが、しかし過労死するほど働かされる人間のことを「既得権益者」とは常識では言わないのだ。しかも、その裁判で原告側が主張した死の直前一月の残業時間は、じつは裁判所が認定した106時間余よりもはるかに多い(155時間余)。自主性を装った企業内サークル活動もあるからである。正社員だって、とことん搾り取られているのである。小林氏は、こうした労働現場の実態を知らずに、本の中やパソコンの画像の上だけの知識で議論を組み立てている。
やはり朝日新聞朝刊で24日に載ったコラム『ビル・エモットの世界をよむ』によれば、1997年に導入されたイギリスの最低賃金制は日本円に換算すると一時間約12220円だ。いっぽう、日本の最低賃金の全国平均は一時間687円。イギリスと比べて、我が国はそんなに物価が安いのだろうか。そうではあるまい。最低賃金が低すぎるのだ。格差是正といえば、この底上げこそ、まず第一にやらなければならないことであろう。それなのに、格差をなくすという名のもとに、正社員の“既得権”を奪うことにばかり関心を持つ学者や政治家が少なくないのは、どうしたことか。
それにしても、本当にやりたいのは正社員の賃下げだという下心をちらつかせながら「格差是正」の旗を振ったところで、それでは正社員の側は、ますます“既得権”の防衛に汲々とするようになるだろう。年収200万円に満たないワーキング・プアよりはずっと収入が多いとはいえ、都市中間層の生活も確実に苦しくなっているからである。勤労者家計調査によれば、勤労者家計の所得は2000年の631万円から2004年には605万円へと4%以上減少した。ちょっと古い数字だから、リストラがすすむ現在はもっと減っているはずだ。
そうなれば、格差の是正はいよいよ置き去りにされることになる。こんな悪循環にはまってはならない。近年続く労働分配率の低下に歯止めをかけ、非正社員の待遇の大幅で根本的な改善と正社員の「過労死しない待遇改善」をともに勝ち取っていくのでなければ。》(酔流亭日乗 12/27)


イギリスの最低賃金の数字が大きいのに驚いた。一桁まちがっているのではないかと思ったくらいだ。
日本の非正規労働者の状態がひどいからといっ正社員を搾取側とみてしまってはならないこと、忘れてはならない。年のはじめに確認しておくべきことだ。

同じことを雨宮処凛さんが、「(正社員も)賃労働をしなきゃ生きられないという時点で、しかもその収入を時給で割ると大して非正規層と変わらなかったりする時点で、立派な貧乏人だ。本当の金持ちは賃労働などしない。」と言っている。労働運動をになってきたベテランの側からだけではなく、若い、ニートワーキングプアの側からもこうした主張がされていることを興味深く思う。

《現在ワーキングプアの問題を追っていると、正社員層から「非正規の人って大変なんですよねぇ」とかちょっと余裕かました態度で言われるのだが、まったくもって全然彼らは勝ち組でもなんでもない。賃労働をしなきゃ生きられないという時点で、しかもその収入を時給で割ると大して非正規層と変わらなかったりする時点で、立派な貧乏人だと思うのだ。本当の金持ちは賃労働などしない。一生食うに困ることはない。例えばこの国のトップと言われる方にのさばってる人たちは、一生分生きていける財産のある家に最初から生まれているという事実。今出ている「週刊金曜日」で北村編集長と私が対談しているのだが、その中で、北村さんが面白いデータを示してくれたので引用しよう。
田中角栄の時代は、お金持ちと貧乏な人の年収の差は6・9倍くらいでした。2005年は4000倍以上。小泉内閣になってから急速に広がりました。いまの日本は明らかに新自由主義の世界にどっぷり浸かったと言えるでしょう」
 4000倍とはどういう数字か。例えばフリーターの平均年収106万円の4000倍は42億4000万円。もちろん年収で。こういった少数の人たちが存在するわけだが、会ったことがあまりないのでみんなリアリティがない。42億現金で持ってるオッサンが道をウロウロしてたらリアリティもあるが、彼らはうろつかない。なので、正規や非正規といった微妙な差異で足を引っ張りあったり、ということがあるわけだが、なんのことはない、このままの「格差社会」が進めば、中流はそのまま没落することは目に見えているし既に始まっているので、みんなカテゴリーとしては「貧乏」なのだ。ということで、そういうニュアンスで私は「貧乏」という言葉を積極的に使い、自分が「貧乏ではない」という20世紀的価値観/中流意識の中にいる人に「お前は貧乏だ」と言ってはやたらと反感を買っているのだが、でも、やっぱり99%くらいの人が貧乏になるシステムなのだ。
 でも、そう考えてみると我々「貧乏人」は多数派だ。ということで、松本哉さんの本を購入し、来るべき貧乏人一揆に備えることをお勧めする。まだ出てないしタイトルもわかんないんだけど、絶対面白いから!》(雨宮処凛がゆく! 037)