大阪新知事の動きを観て

橋下新大阪知事については一度書いた。
彼はなかなかしたたかな男である。味方だったら頼りになる。が、残念ながら諸民の味方ではない。
その見解はいまもって変わらない。

現場訪問をしている映像を見た。
たぶんスポーツ施設かと思うが、

「民間と比べて特に安いわけではないのですね」
「10何人で、人件費がいくらいくらというのはまちがいありませんね」
その金額は、一人当たりかなり高額と菅井には思えた。

その場面を流すマスコミが橋下氏に好意的な選択をしているとは思う。
が、公共施設として住民に提供する意義があるか、公務員として特権的な給料になってないか、そういう趣旨のように感じられた。
いくら赤字を出しているのかとか、こんな無駄があるのかという質問ではなかったことに興味をもった。


こういう基準で施設を再査定することには意義があると思う。
さらに元世界選手権クラスのスポーツ出身者と思われるコメンテーターが、私もつかったこともあるが、場所とか利便とかも考えて判断してほしいといっていた。直感だが、諸民のための施設というよりは、国策で育てているオリンピックなど向けの「一流」選手が使える施設なのではないだろうか。ある自治体がその県の目玉として、国策選手を育てる施設などをつくるというのは東京のある区などもやっている。そういう体育連盟や「一流」選手育成にとってはなくてはならない施設になっていたりする。だが、費用といい、使いやすさといい、諸民対象のものではない。
そういうものを地方公共団体がもつことをいちがいに悪いというのではないが、赤字の地域が最優先してよいものかどうかは問題であろう。一部の人のための施設であるからである。

現場行脚をして、事情をよく確認することは、もし本当に必要なものとそうでないものを腑分けするのであればよいことである。ただ、赤字であるから廃止というよりは正しい姿勢である。菅井は、それ以前の言動からして橋下氏のその判断基準が諸民の立場に立つものとは信じていないが。

当初の方針をひるがえして借金はすることにしたようで、そのことで、いい加減とつっこまれている。菅井と共感するところの多い平和主義のブログ書きの人もずいぶん書いている。知事としては軽卒、と。

お客を意識したパフォーマンスは、石原都知事と同じポピュリズムだとも言われている。

たしかに、彼は人気、それも、若いテレビで観ている世代の人気とりに行っている。だが、それがポピュリズムになるかどうかはまだわからないような気がする。若い人は彼のパフォーマンスを観ながら、おもしろがるだけでなく、発言している。つっこんでいる。諸民自体が発言し、動くようになるなら、ポピュリズムではない。旧来の政治を乗り越える方向である。むしろ、長野県で田中康夫がやろうとして止まってしまった住民主体の政治の方向だ。

現場を観て「机上の空論」だったといって主張を取り下げること、大人げないNHKとのけんか行動、などは、石原のように、オレはえらい特別な人だ、というようにはならず、諸民と同じやっちゃと受け止められているようにも見える。大阪の諸民、とりわけ若い人びとが自分で動き出すような展開を作り出せるなら、赤字を減らすとか、能力主義学校、多様化教育の促進などということよりも、本質的に価値がある。


1年半前に行った大阪は、本当に活気がないなと菅井も感じた。大阪の人がエネルギーを出すようになる展開を、それは東京でも同じことだし、日本中、あらゆる場所で問われていることだが、少し期待している菅井がいます。