変化現わる

 何人かの方がすでに発言していたことだが、日本の支配階級のかなりの部分は、小泉・安倍の靖国参拝方針、対米追随のアジアからの孤立路線では、日本資本主義さえも維持できなくすると、危機を感じているのだとかんがえざるを得なくなった。
 それは、日経の昭和天皇の本心を伝える富田メモの発表、毎日のテポドン2は朝鮮のすぐ近くに落ちたという自衛隊調査結果のリーク、そして、朝日の靖国神社への合祀は神社側の私事などではなく、事実上国の指示、国家・靖国一体で行われていたことを裏付ける資料の公表、靖国A級戦犯合祀の見直しの動き、などのこの時期での噴出である。
 さすが、陰謀には敏感な、2チャネル系の「ネット右翼」たちは、その符合に注目して裏があると見ている。ただ、彼らは、支配層ではなく、もちろん、IT長者でもなく、むしろ情報の簡単には集まらない極貧層と言った方がいいので、そのことがわからず、おたおたしているのだ。
 靖国神社についても、その発端からして神社というよりは、国家の慰霊施設(明治維新政府のために戦死した者だけのための)であり、戦前は、軍直轄の官庁であった。その本質がわからない「ネット右翼」は、靖国神社神道は、とか、宗教だから、といって今の靖国を守ろうとしている。宗教団体扱いするという決着をしたのは、靖国神社ではなく、占領軍だったのである。昭和天皇人間宣言することで、戦争責任を問われなかったのと同様に、靖国も、宗教法人とされることによって、軍国主義の国家機関という本質を暴かれることがなく、生き延びることができたのである。靖国が立っているとされる「神道」は、宗教ではなく、神道国学をキマイラのように寄せ集めた「国家神道」、という旧時代の支配イデオロギーであるにすぎない。
 そこで語られていることが宗教の教義だと強弁しつづける者には、日本人が歴史的にはぐくんできた宗教精神の中にある心は見えないのだろう。