思潮のばらけが始まっている?

大新聞各社の主張に違いが見える気がするが、どうか。
読売は、がまんを説くのをやめて、福祉国家的方向を求めだした。
東京は、急進左派的な主張、派遣賃労働者の立場にそった政府批判をしている。
毎日は、アメリカとのつながりを重視しながら、日本の資本主義の再生発展の方向。
そして、産経のみは、自衛隊の海外展開をどんどんやらなければ中国に負けると、依然とした反・中、亜細亜孤立路線。

産経は、日本の資本の利害、展開にあまり責任をもつ気がない感じがする。経済危機に対して、危機意識があまりない感じがする。
他の三紙には、それが感じられる。ついこの間までの主張とは、トーンが変わっている。だが産経は変わらないように思える。むしろ、今までの主張がさらに極端になっているような気がする。ヤバいと思っていないのだろうか。

正月、少し新聞に触れたくらいだから、まちがっているかもしれない。だが、危機の時代には、資本の側も大胆な変革を言うようになるのは、常のことだ。今までと同じつもりでいると、判断を誤る。

反戦な家作りでは、これからは主な敵は、新自由主義ではなく、国家社会主義になるのではと懸念を述べている。

世に倦む日々は、天皇制擁護をいいながら、社会民主主義路線を唱えている。

天木ブログは、天皇制と資本主義の擁護をいいながら、弱いものの立場にたつことをくりかえしていう。そして、拉致問題での朝鮮に対してだけでなく、海底資源共同開発での中国の姿勢も強く批判して、反米だけでないことを強調している。

イデオロギー対立がばらけてきている。ネット右翼もばらけてきている。

愛国主義もばらけてきている。国を愛するとはどういうことかが問われてきている。


きのう、日本テレビ系でながされたビートたけしの日本の文化についての番組は興味深かった。
しょっぱなは、初詣でが、明治以降鉄道の普及とともに広がった新しい習俗であり、本来のお正月の歳神様を自宅にまねいて、ともにごちそうを食べてこもることによって再生するというありかたとは、断絶があることを述べていた。これは、今の学者の定説であり、菅井も指摘したことがあるのだが、さらに神社が資金を提供して鉄道をひかせたり、広告をうって人を集めたりと、初もうではバレンタインデーのしかけと同じような起源だとまで言われていた。

また、仏教と神道は日本ではそもそもいっしょで、さらに陰陽五行説という中国の考えも入り込んでいるということが強調されていた。これも、吉野裕子さんが具体的な信仰にそくして明らかにしてきたことだ。

中国の文化を抜きにした日本文化は存在しない。靖国国家神道は、明治以降の人為的産物であり、本来の神道ではない。

ネット右翼は、正月に靖国参拝して喜んでいたことも数年前にあったが、それは、日本の文化伝統にそったものではないのだ。明治以降の国家主義に合致するものではあっても。

この番組については、
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid605.html
に詳細な内容紹介がある。よく再現されている。
これだけちゃんと紹介しているのに、理解が菅井とはかなり違うのは不思議だ。
真面目な人なのだ。
菅井など、登場する旧皇族家の学者さんの「フォロー」には首をかしげることも多かった。
なんにせよ、ステロタイプ国家主義の言説を超えて真の文化にふれること、これが絶対的なよしあしの基準だ。
あらためてよい番組だったと思った。