古い知人の死

大学時代の知り合いが去年の暮に肺がんで亡くなっていたことを知った。


一年先輩、サークルの先輩だった。
長髪で、下駄をはいて構内を歩く、明るく温かい人柄の人だった。


子供に大切なものは何かをめぐって論争したことがある。


菅井は、公正に扱うこと、何かをさせるにあたっては、きちんと理由を説明し、
納得してからやらせる、一個の人間として扱うことが大事だと主張した。


彼は、愛情だ、子供をつつむ優しい親の愛情こそなによりも大事なものだと、強く主張し
譲らなかった。


菅井は、その時には、何を言っているのかさっぱりわからなかった。その後、
彼の主張のただしさに気がつくことになったが、それはかなりあとのことだ。


フランス好きにふさわしく、ユマニテ、という言葉が大好きだった。ヒューマニストであった。


その当時僕らは、時代の流れもあり、本気で何かを変えなければならないと思い、何かをなす気でいた。


大学を出てからは会わなかったが、
女子大の先生をして、最終的には、国立大学の教授になったようだ。
ゼミのホームページなどを見ると、わかりやすい授業で、学生から好かれていたようだ。
ゼミのOB会まである。
ゼミの内容予告をしたあとゼミのあと飲み会をしましょう、などと書かれたご本人のメッセージも残っていた。


彼が自分のなそうとしたことを実現できたのかどうか、ご本人がどう思っていたかはわからないが、
フランス哲学の重要古典を一冊翻訳して残したし、
哲学のわかりやすい入門書を書いたし、
自分たちの理想にもとづいた子育て、家庭生活の記録もだしたし、
研究もたくさんあるようだ。
教職員労組の役員もして、教育基本法の廃止にきちんと反対したし・・・

若い死ともいえるが、充実した人生だったかもしれない。息子さんも立派に育っているようだし。


彼と同じ時を生き、同じような思いをもったこともあったはずの菅井だが、
あまりにも遠いなあ、と思う。